FC2ブログ

---スポンサードリンク---

帰り道、母は無言だった。私は家に帰ったら母に殴られるか怒鳴られるに違いないが、何故かが分からないから「どうしよう、どうしよう」と、心の中がものすごい修羅場だった。だが、意外にも母は私に対して何もしなかった。

http://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1534037451/
今までにあった修羅場を語れ【その26】


799 :名無しさん@おーぷん : 2019/02/08(金)04:22:14 ID:8Hm

抜歯して部分入れ歯を使うようになった。それがきっかけで昔を思い出した。
私の母は恩着せがましい人だった。
浮気ばかりして同時進行に複数の愛人を持つような父と離婚しないのは、
「お前(私)の就職や結婚に差し障りがあるから、お前の為に我慢した。」
といつも私に言っていた。




---スポンサードリンク---

私が小学生の頃、母が私のブラウスにアイロンを当てていて、母は自分の額の汗を示して
「お母ちゃんはこんなに汗をかいてお前のブラウスにアイロンをかけているんだよ」
と大声で私に言ったこともあった。
母はトイレを掃除したら「トイレを掃除してきた」、ゴミを集積所に持っていったら
「ゴミを出してきた」等々、あらゆる家事を行ったらそれをやった事を父や私に話し、
私の母へのねぎらいの言葉や称賛が不十分だと怒った。
父が不在の時には私を殴った。

そんな母のお気に入りの話の一つに「お前を産んだから私(母)の歯が悪くなった」と言うのが
あった。母は歯を磨くたびに「お前を産んだから~(以下略)」と私に言った。あまり頻繁に
言うから私の方から「お母ちゃんは私を産んだから歯が悪くなったんだね」と言うようになった。
私がそう言うと母は満足げにニコニコ顔になった。
ある日、母と買い物に行った時、近所の人に会った。
その人は歯医者の帰りで母は「私も歯医者に行かなければいけないのだけど、
なかなか行けなくて」
とその人に話した。そこで私はすかさず
「お母ちゃんは私を産んだから歯が悪くなったんだよ」と言った。そう言ったら母もその人も
ニコニコしてくれると思って言った。

しかし、その人はビックリした顔をした後、黙って母の顔をまじまじと見ていた。
母は何も言わなかった。私はニコニコしながら母を見上げていたが、
なぜ母はニコニコしてくれないのだろう?と不思議だった。
何か良く分からない言葉をその人が低い声で母に言った後、その人と別れた。
帰り道、母は無言だった。
私は家に帰ったら母に殴られるか怒鳴られるに違いないが、何故かが
分からないから「どうしよう、どうしよう」と、心の中がものすごい修羅場だった。
だが、意外にも母は私に対して何もしなかった。
そして、それ以降、母は私に「お前を産んだから~」
の話をしなかった。私も母が歯を磨いていてもその話はしなかった。
しかし、その後もそれ以外の恩着せがましい事は言い続け、称賛も求め続けていた。



800 :799 : 2019/02/08(金)04:23:07 ID:8Hm

後年、私は結婚して子供を産んだ。そして私も歯が悪くなった。でも、子供に対して母のような事を
言う気にならなかった。むしろ、この子が元気に生まれ育つのだったら、私の歯でも骨でも何でも
使ってくれてよいと思った。そして、母は私を産みたくなかったのだとはっきり認識した。
本当はそれは既に分かっていた事だけど、はっきり分かった時は少し悲しかった。

それから長い年月かけて私は少しづつ、母に言い返したり、母を否定して自分で自分を癒してきた、
絶縁はしなかったが、私は高齢の母を引き取って同居するのも、「毎月、1週間程帰省して私(母)の
世話をしろ」
と言う母の要求も断った。母はまだ要支援1だから自分で生活できる。
しかし、母曰く「お前の為に」母は老人ホームに入居した。

今もなお母は私に感謝と自分への称賛を求める。「私(母)が歩いてトイレに行けることをお前は
感謝すべきだ」
と私によく言う。「この年(90歳)で生きていて寝たきりではない事はスゴイ事だ」
称賛を求める。
私は母の他界を一日千秋の思いで待っている。
母が永遠に生きて私の寿命の方が先に尽きる気がする時、
心の中が修羅場となる。



802 :名無しさん@おーぷん : 2019/02/08(金)10:23:00 ID:crZ

>>799
言葉にできない苦労をなさったわね。
今のあなたご自身のお子様もずいぶん大きいでしょう。
なにかとおつかれさまでした。

思い出したくないことなのかもしれないけど、
お父様がしょっちゅう浮気にはしった詳しい理由とか、
おうちの暮らし向きとか、兄弟姉妹のこととか、
あなたがどういう人生を歩んでいらっしゃったのか、
差し支えなければ、教えてくださる?



803 :799 : 2019/02/08(金)13:20:01 ID:8Hm

>>802
レスをありがとうございます。

父が浮気を繰り返したのは、あのような母と一緒に過ごしたくなかったからだと
思います。そして、父の浮気が母の異常な承認要求を掻き立て、それがまた、
父が家庭から遠ざかろうとする・・といった悪循環がうまれたと思います。

私は両親の事で心の中に澱のようなものが溜まって苦しくなると、おーぷん2chで
吐き出させて頂いています。皆さまのレスを読ませて頂き、やっぱりあの人たちは
異常だったのだと自分に言い聞かせています。それがなければ私はとうに狂っていたと
思います。PC画面の向こうの見えない方々に感謝しています。

父は自分の人生は自分の好きに生きるという人でした。
父の事は以前書かせていただきました。

https://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1469787430
の819の「次のオリンピックまで生きられない」とつぶやいた父です。

関連記事
亡くなった時、父は穏やかな顔していた。
「生きて居るうちに好きな事をする」。そんな人生で父は楽しかったのだろうか?ただただ、
お母さんに優しくされ、何でも許され、
かまってもらいたかったのだと思う。それは社会のどこにも無かった。



母は公務員で共働きだから家は経済的には豊かでした。だから、離婚しようと思えば
できたのですが、799でのように「お前(私)の為に我慢」し定年退職しました。
私には腹違いの兄がいましたが、兄は母と折り合いが悪く高校を卒業後、家を出て
いきました。幼い頃は兄とは仲が良かったですが、私の結婚式で母が兄に
出席しても目立つなと言ったらしく、それ以降は疎遠になりました。私がその事実を
知ったのは何年も後で取り返しがつかないまま、年月が経ちました。

私はお見合いで結婚し、子供を産んでから両親に疑問を持つようになりました。学生時代、
母は私が恋愛をするのを全力で阻止しようとしたのですが、私が26歳を過ぎると突然、
「なぜお前は誰とも結婚できないのだ」「お前は女らしくないからだ」と怒り出しました。
両親の様子を見ていた私は全く結婚する気はなかったのですが、父と母に毎日毎日、
責めたてられお見合いをしました。しかし、結婚する気がない私がお見合いをしたとて、
お相手もそんな私を見てお断りされることが続きました。
両親は私がお相手に断れらたら激怒し、「こんな良い人を捕まえられないお前が
おかしいからだ」
と怒っていました。
ある時、紹介してくれた人の事を両親が気に入りませんでした。どこか気に入らなかったのか
良く分からないけれど、「こんな人を紹介するなんて」と仲人さんの陰口を言っていました。
しかし、その人が私は一番良いと思って結婚しました。
今でも母は夫の事を気に入りません。夫とは穏やかな日々を過ごさせて頂いています。
「母が居なくても私は困らない。居ないほうが心が安らかだ。だから私は極力、母も父も死んだと
思って暮らそう」
と日々過ごしています。が、時折、母が永遠に生きるような気がするのです。
長文を書き、申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました。



804 :名無しさん@おーぷん : 2019/02/08(金)16:54:01 ID:aMJ

ありがとうって母に感謝を伝えたり、
トイレ掃除やゴミ捨てなど小学生でもできることは手伝ってたのかな
母に言われてではなく自発的に



805 :799 : 2019/02/08(金)17:19:00 ID:WPV

>>804
おっしゃる通りです。この「自発的に」が私の幼い日々の命運を握っていました
母に言われる前に私から手伝い、母の労を労わないと母は怒り狂いました。
仕事から帰って来た母に毎日「お仕事お疲れ様」的な事を一生懸命言わないと
母が帰宅するまでに私がやっておかなけければならない家事の出来具合を叱責されました。
進学やクラブ活動を選ぶのも、母の望む事を母より先に「自発的に」言わないと
何時間も「お前は何も分かっていない」と叱責されました。
804さんが母の事をよく分かっておいでなので、ちょっと驚いています。



806 :名無しさん@おーぷん : 2019/02/09(土)01:05:41 ID:XZS

うちの母も入れ歯で私を産んだせいでってよく言ってたな
子供心になんでそんなこというんだろって思ってた
799さんとこみたいな毒親ではなかったけど恩着せがましいところはあるから気持ちはわかる



818 :名無しさん@おーぷん : 2019/02/09(土)15:11:46 ID:mt9

>>803
大変なご苦労をなさったのね。

私があなたと同じ環境だったら、とても今日まで生き延びてこられたと言い切る自信はありません。
逆境にめげることなく、ねばり強くご自身の人生を切り拓いていらしたことに敬意を表します。

お父様が2016年にお亡くなりになり、お母様もまた90歳という高齢になられて、
あなた自身の立場からこれまでの人生を総括し、区切りをつけたいという気持ちがおありなのでしょう。

他人様のご両親に対して失礼千万なことは百も承知で言うのだけど、
あなたのお父様、お母様ともに、誰がどうみてもかなり重度の毒親で、
あなたがご両親にされたことの多くは、今ならほぼ間違いなく虐待行為と判定されるでしょう。

つまり、ご両親があなたにしてきたことは社会的に許されない虐待行為だった、とハッキリと認識する。
これが大前提。

その上で、お父様、お母様がそれぞれあなたに対してそのような行動にはしった背景を理解する。

まずお父様。子だくさんの貧しい家庭に生まれ、
父親から「お前は要らない子だ」と言われ続け、
病気になったら「こいつは死んでも構わないから、放っておけ」
などと言われるような環境では、
まともなメンタリティを持って生きなさいと要求するほうが酷な気もするのよね。
お父様は、「自分のような価値のない人間が生きていること自体、
とてつもない罪悪なのではなかろうか」
という絶望感を、
いつも心のどこかで抱えて、おどおどしていたのではないのかしら。

不運なことに、お母様も、
ある意味ではお父様と似通ったところがある人だった。
あなたはお母様と同じ女性だから、
お母様の言動がひと一倍強烈な承認要求から
くるものだと早くから気付くことができたけど、
お父様は、お母様の態度や言葉がただただ恐ろしく、
どう対処したらいいのかわからなかったのだと思う。

男の人にとっては、自分が精神科の専門医でもないかぎり、
女が要求をヒステリックに叫ぶ姿というものは、
恐怖の対象でしかないのよ。
だから、お母様がお父様を責めれば責めるほど、逆効果になった。

お母様も自尊心や自己肯定感の薄い人だったんじゃないかしら。
公務員として働きながら子育てと両立してがんばっていても、
その価値を認めてくれる人はなく、
他方で、女として愛したり愛されたりする欲求も満たされない…
お母様は、いつも何か大切なものが欠落した思いを抱えてみえて、
その欠落を、あなたを意のままに支配することで穴埋めしようとした。

お母様があなたに送り続けていたメッセージは、
「私が称賛されるべき価値ある女であることを、おまえは身を以って証明続けなさい」
というものだったのでしょう。

あなたがお見合いを繰り返すなかで
「一番いいと思った人」との結婚を、
お母様が強く反対した理由はただひとつ。
あなたが結婚して幸せになるのがどうしても許せなかったからです。
あなたが結婚して幸せになれば、
お母様はご自分が娘よりも価値のない女である現実を否応なく思い知らされることになる。
お母様があなたに望んだのは、ご自分同様の不幸な結婚だったのでしょう。



819 :名無しさん@おーぷん : 2019/02/09(土)16:15:46 ID:mt9

>>803
>幼い頃は兄とは仲が良かったですが、
私の結婚式で母が兄に出席しても目立つなと言ったらしく、それ以降は疎遠になりました。

これは確かにそのままにしておいたら、あなたに悔いが残るわね。
どういう形がいいのかわからないけど、あなたの息子さんの何かのお祝い事があるときに、
あなたのお兄様をお呼びして、そのお祝いの席が終わった後、
ご兄妹おふたりだけでじっくりお話になってはいかがでしょうか。

>夫とは穏やかな日々を過ごさせて頂いています

あなたを救ったのは、まぎれもなくご主人です。
ご主人はあなたにとって、人を信じ、人を愛する喜びを教えてくれた大恩人でしょう。

第二の恩人は、あなたの息子さんではないでしょうか。
あなたは、息子さんのおかげで、親として必要とされ、
子どもを守って生きていくかけがえのない価値に気付き、
どんどん成長していったのだと思います。

>時折、母が永遠に生きるような気がする

それは、お母様がいくら願っても手に入れられなかった「夫との穏やかな日々」
あなたが手にしたことに対する、
あなた自身の後ろめたさの反映なのかもしれません。

もしそうだとしても、気に病むことはありませんよ。
あなたは女性として、お母様という存在を乗り越えたのです。

そして、お母様にほんのちょっぴり感謝しましょう。
あなたがご主人と出会うきっかけとなったのも、元をただせば、
26歳を過ぎたあなたに突然、お母様が結婚をせかし出したことにありました。
事情はどうあれ、お母様にそのとき結婚をせかされることがなければ、
素晴らしいご主人と出会うこともなかったはずです。

「お母さん、今の夫と出会うきっかけをつくってくれてありがとう」と、心の中で一言感謝しましょう。
その一言で、まがりなりにも自分を育ててくれた親に対する娘としての筋は通したことになりますよ。

あとは、あなた自身の人生を生きてください。

いつまでもご夫婦お幸せに。



821 :799 : 2019/02/09(土)16:49:36 ID:aYv

>>818
親身になって下さった温かいレスをありがとうございます。
確かに母にとって私は母自身の存在証明だったと思います。
一生懸命、娘に尽くした母として生きたという証明だったと。
だから、私が徹底的に不幸だと自分の力不足となってしまうが、
私が完璧に幸福だと自分より良い人生をおくったことになり許せない、
だから、母の自尊心を満足させる程度の人生を送らせたかったと思います。

夫に巡り会えたのは母のおかげです。夫に対する母の評価は毀誉褒貶が入り雑じっています。
「お前が結婚して幸せになれたのは私が仲人さんを知っていたからだ」
「お前があんな理屈ぽい人と結婚したから、お前まで理屈っぽくなって私に言い返すように
なってしまった。結婚するまで優しい優しい子だったのに。」

母の心は自分自身でも把握できないのでしょう。
何度も私はそれこそ自発的に母に対して「夫と結婚できた」事への感謝を言いました。
そして母も事有る毎に「お前は一人娘で親元にいるべきなのに、結婚させてやった」
感謝を求めます。母の承認要求は底が無いのです。
そんなになるまで否定され続け(たであろう)承認要求の塊になってしまった母の人生も、
「好きな事を一生懸命しないとダメだ」と自分で自分を駆り立てるように
滅茶苦茶をしなければならなかった父の人生も気の毒だったと思います。

兄との関係修復も含め、私も一生懸命、自分の人生を生きようと思います。
ありがとうございました。


関連記事


コメントの投稿




管理者にだけ表示を許可する


---スポンサードリンク---


999:やすらぎのななしさん:00/00/0 00:0 ID:yasuragon

「僕は騙されたんだ!真実の愛を貫ける相手は君しかいなかったんだよ!」離婚した際「接見禁止」したの忘れたのか?警察呼ぼうか?と返したら、元旦那「呼ぶなら呼ぶがいい!真実の愛を貫ける相手である僕たちを別れさせられないよ!」…目玉ドコー?(Д)
【号泣】新婦の親友が土下座して「お願いします!新婦をよろしくお願いします!お願いします!お願いします!」て叫びだした。新郎「大丈夫です!僕が守りますから!」て涙声。新郎母たじたじ。新婦「Aちゃん、もうやめて!」親友「だって!!!」
嫁「ごめんなさい。離婚はいやだ。すてないで」俺「…一からやり直そう。とりあえず離婚して、同棲から始めてみよう」 そして俺の復讐は始まった → しかし結末は、なんと…
郵便受けに謎の封筒が届いた。怖かったので、トメと一緒に封筒を開封。中にはDVDとパソコン打ちの手紙が入ってた。手紙の内容には「お宅のコトメちゃんw」と書かれてた。DVDで見たらコトメちゃん本人です。本当にありがとうございました。
父親が青ざめたとこで、その子の祖母が耐えかねて「あんたさん、うちの嫁子がまた産めばええちゅうんですか?!あの子はああの子で、代わりなんかおりません。代わりなんか欲しくもありません。もういい」今年春、従兄の子が亡くなった。5歳。
職場の後輩Aさんのお母さんが亡くなった。見てられないぐらい憔悴して本当にお気の毒だった。Aさんの慶弔休暇中、同期のBさんという女性が、更衣室でニヤニヤしながら「すごい写真があるんだけど見ますか?」って言ってきた。 span>
俺が海外出張中に親父が再婚、2年後に事故タヒ。帰国後、義母「1週間以内に出て行け。私はお父さんみたいにあんたを甘やかさないから(キリッ」←家土地一切俺名義なんだがww
「せーの、誕生日おめでとう!」そう言って渡してくれた。私は嬉しくて泣いた。ありがとうありがとうと繰り返す私に、一人の子が「気にしないで!かわいそうな子に優しくするのは当たり前だよ!」と言った。母が帰ってくるまでに泣きやまなきゃと必タヒだった。
嫁親「ウワキしただろ!離婚だ!」俺「!?」 → 離婚裁判にて俺大号泣。「ウワキなんてしていない!」そしてなんとか嫁たちに誠意が通じて訴訟を取り下げてもらった → しかし驚愕の真実は、なんと…
【大暴走】友人代表スピーチをしたA子「不妊治療は最大限の子作りの努力をしてからやるもの。なんで体外受精を最初からやろうとするのか意味がわからない。私が医者だったら、二人みたいな人が来たら切れて追い返す。」出席者一同、ドン引きなうえに( ゚д゚)ポカーン。
初めて見た義母の涙に動揺し過ぎて思い出せない。「ごめんね、嫁子ちゃん。こんな馬鹿共生んだ私が悪いんだね。ごめんね……」と号泣。呆然とするその他全員。「あんた達なんて生むんじゃなかったよ!この馬鹿ども!!」と義母絶叫。
妻が浮気し離婚を切り出すと、妻はベランダから飛び降りると脅す。私は「飛び降りるならどうぞご自由に」と笑顔で言った。妻も子も驚き「人でなし! 薄情者!」と罵倒されたが
同居中のウト妹に両腕がっちり掴まれて延々と説教を聞かされ、泣き出してもやめてくれなかった。その時台所の扉がパーン!!!と開いて、部活帰りの三つ子登場!「オバハン!イジメ!カッコ悪い!!!」×3
母からの急報!!「お前の友達三人がダンプに轢かれて重体だ」実はその直前に俺は自転車を失くし友人たちに同行していなかった!ご先祖様が守ってくれた、と母は言ったが……同年の冬、俺に遅れてきた悲劇が降りかかることに!
【※田舎の闇】集落さん、女子小学生(10歳)に “アレ” を施す。これマジかよ・・・
トメ「こんなお嫁さんだったら怖いわぁ~」ウト「そうだなあ、俺だったら子供が出来なくてもいいって言うけどなあ」嫁(私)「いやだ二人とも、子供が出来なきゃ離婚だって私に言ったじゃないですか~」旦那「なにそれ初めて聞いた」コトメ「私も」
夫が私に土下座!「頼むから別れてくれ、あいつの心が壊れていってる。ちゃんと籍をしてやらないと本当に気が狂う。」私「その話は弁護士通してね。勝手に認知するのもいいけど、相手の慰謝料もあなたの慰謝料も跳ね上がるからね。」そういったら泣いてた。
【修羅場】DVの父親の元で育てられ、中3の時に家出を決意。知り合った男性は逮捕歴のある人だったけど限界を向かえた私はその人の家へ向かった→その結果
義母「離婚する覚悟があるなら、旦那引っ張ってどっかに逃げちゃいなさい?ね?」クソババ「義、義母ちゃん!何言ってるの!!」 義母「だって~…ねえ嫁子ちゃん?無理よねぇ~?」私「うん、そう思いますねぇ…」子供たち「お父さん…おっ、おかあ…さん…」
友人が変タヒした。外傷は一切無く脳に障害も無くタヒに至るような薬物等も検出されなかった。過労や急激な温度変化も疑われたがそういう状況でもなかった、またジ殺する理由も無い。だけど俺は、俺だけはAがタヒ亡した原因を知っている。
義父「ランドセルは赤にしろ!」息子「やだ!黒がいい」→黒を買ったら、入学式直前に義父がゴミに出した
兄嫁は涙を流したまま、「お母さんの指示ですか?それとも妹ちゃん?どうして意地悪するの?」と言われた。母も私も意味がわからずに「よくわからないんだけど、サラダ巻きがどうかしたの?」と話すと「私だけ安いサラダ巻きなんてあんまりです!」と叫んだ。
朝からカレーを煮込んでいたら、やってきた近所の奥さん「授乳中だけどカレー食べてあげるから、母乳飲ませられない間赤ちゃんのお世話させてあげるね!」私(ヒィイ…!)→その結末は
「もう7年も経っているんだし、いい加減時効にしてやれ」って父が言うから、「下の娘が姉の婚約者を寝取った挙句に、結婚してもらえない腹いせに妊婦の姉の腹を蹴って流産させましたが、もう時効ですよね?ってご近所に大声で言ってみろ」と言ってやった。
兄嫁「私のときにあれだけ揉めたのにあんたらはまだ懲りてないのかっ!義妹ちゃんも来るなって言ってるんじゃない!落ち着いてからにして欲しいって言ってるだけなんだから大人なら一番優先しなきゃいけない人の気持ちを優先しろ!」
コトメの嫌み攻撃が始まり、スルーしていたら、突然「うっせぇんだよてめぇ。ネチネチネチネチと鬱陶しいんだよ」と凄みのある静かな声が聞こえた。コトメも私も固まった。「おめぇだよ。この糞小姑。」とても澄み切った表情で発言なさった。怖かった。
A「どこにやった!」彼が遊びに来て家でのんびりしていたらAが「前に来た時に忘れ物をしたから探させてほしい」と来た。夜、私がお風呂から出ると彼が真剣な顔で「これ見つけたんだけど」とビデオカメラとボイスレコーダーを出してきた。
姪「お父さんさー!なんでお母さんがばあちゃんに虐められまくってんのに何も言わないの!自分のお母さんでしょ!お母さんも何で黙ってんの!?言い返しなよ!何もこんな婆さん怖がる事ないじゃん!!」兄嫁「こんな年寄りの戯言なんてほっときゃいいのよ」
コトメは子供が生後三か月で失踪した。哺乳瓶の乳首嫌がって泣くコトメ子がむごくて、つい私が見ると言ってしまった。数年後、コトメが来襲!「娘連れて行くから。もう働けるでしょ?これからそいつに働いてもらって楽したいわ~」
ウト「じゃあ自分でやるからいい!」コトメ「あっそ!じゃあ自分でうどん茹でて!汚れもん全部洗って!拭いて!しまって!台所綺麗にして!テーブル拭いて!残ったおせちは蓋してベランダに出しておいてね!!!」ウトきょとんとした後、「す、すいません…」
中学2年の時、クラスでいじめられてる子がいた。10年後、結婚して妊娠した私は、総合病院の産婦人科を受診した。医師の診察前に体重や血圧、腹囲を測定するのだが、その部屋に入った時、白衣の人を見て・・・「・・A子・・・」A子は助産婦になっていた。
【唖然】離婚危機だと言う友人に頼まれてそれぞれ知り合いを1人立ち会わせての話し合いに同席することになったんだが…気がつけば3vs1で友人夫を詰問しててワロタw
私一家に悲劇の急報!なんと産院による取り違えで姉は家族と血のつながりが一切ないことが判明!!しかももう一人の「姉」はすでに他界!姉の実両親は「言ってはいけない一言」によって私一家の逆鱗に触れた……!
コトメ「もう顔も見たくない!もう私に関わらないで!二度と来ない!」→数ヶ月後の今、半狂乱になって電凸、「督促状ってどういう事!?」私「どういうもこういうも、お前のアパートの家賃払ってやってるの私だよ、馬鹿」コトメ号泣、謝ってきたけどゆるさんよ。
【因果応報】突然兄の彼女の自宅に呼び出された。なんで私?と思ったらとんでもない因縁の相手が彼女だった。兄や彼女一家に囲まれ号泣する彼女「いやあああああ!!いやああああ!!」彼女父「黙れ!」
鬱の友人「私もここの家族にしてください(´;ω;`)!」私「いやいやいや」友「1部屋空いてるじゃん(`・ω・´)!」私「ビジホを予約したよ、これで勘弁して(´・ω・`)」友「車で生活するから激安の軽自動車を買ってほしい」私「」
【卑怯者の極み】「私にタヒねって言うの!?」A子の旦那さん、真っ青になって家に来て行先知らないかって聞かれて私も真っ青。それから5年後、今頃になってそのA子が訪ねてきた。ずっと漫喫暮らしで辛いとか言われましても自業自得としか思わない。
セコ「私さんは奢ってもらうんでしょ?あたしも財布持ってこなかった☆あ、あたしこの煮込みうどん定食ね☆ミャハ」嬉しそうに唐揚げの大皿を引き寄せて抱え込む子供。上司が何処かに電話。通話が終わるとセコに向けて一言。「お前、来月で契約終了な」
私一家に悲劇の急報!なんと産院による取り違えで姉は家族と血のつながりが一切ないことが判明!!しかももう一人の「姉」はすでに他界!姉の実両親は「言ってはいけない一言」によって私一家の逆鱗に触れた……!
育児放棄されたコトメ子を引き取って育てた。その後が夫が不倫&交通事故で死亡、慰謝料の支払いで貯金がほぼなくなり、呆然自失になった時、コトメ子が「叔父さんの遺産、どれぐらいあるの?」 と尋ねてきた。
新郎が突如暴走!「結婚するなら姉ちゃんのほうにしときゃよかった(笑)」一瞬テーブルの周囲が凍り付いて、同時にAちゃんの顔も凍りついた。ヤバイと思い周りがフォロー。ところがKY新郎がさらに暴走!!新婦はぼろぼろと泣き出し宴会場は修羅場となった。
【天の采配】妹は13の時に妊娠した。内々で処理しようと学校でカンパを募ろうと画策。なぜか一人一万。

旅行中に現地の女の子に懐かれた。一緒に居るうちに情も湧いてきてそれなりに楽しい時間を過ごした。チェックアウトの日、女の子が手紙をくれた。その国の言葉で読めなかったので翻訳を頼んだところ、その内容に絶句……!
設営を終えたツイートをしたら友達は「え???」「今日イベント…アレ?え?」「新刊…」とか書いてたけどスルー。午後になってバスで来たのであろう友達がスペースの前を何度も横切ったり一分くらい机の前に立ってこっちをガン見してきたけど無視した。
会場から少し離れた信号の前で新郎と招待客の女を発見。泣きながら抱き合ってるんですけど。泣きながらキスとかしちゃったりしてるんですけど。これが冬じゃなきゃ向こうも「あ、二次会帰りの客。ヤバい」と思い、キスも終了したのでしょうが時は真冬。
新婦父「お前いい加減にしろ!台風の中わざわざ来てくださった方々に何て態度だ!」新婦「しょうがないでしょ、こんなの私がしたかった事じゃないんだから!もうヤダ!ムカつく!」金切り声でさけび、新婦父、新婦を殴り、とうとう新婦母も泣きだした。
ケーキを食べた友人の一人が悲鳴をあげて痛そうに口を押さえ、何か吐き出した。他の何人かも「私のにも入ってる!」と言い出し、皆ケーキをグチャグチャにして探りはじめた。ケーキ作りを手伝っていた新郎の妹が勝手に入れたものらしく新婦が激怒……。
弟がまだ正常だったころ、ふいに自分が通行人から奇異な目で見られていることに気づいた。弟「ある日突然、何の兆候もなく世界がおかしくなった。何を信じればいいのか、もうわからない」
コトメの娘が風呂場でタヒんでいた。警察「事故として処理します」私『(事故?そんなはずない。何かおかしい……)』 → ある日、泥酔したトメが衝撃の真実を……。
【因果応報】戦災孤児をいじめてた子の家が翌年火事になって両親が焼タヒした。いじめられっ子が放火容疑で警察に取調を受けたりしたが火事の原因は……。その後更に凄いことが起こった。町内に住んでいたいじめっ子の祖父母は孫の引き取りを拒否!実は!!
ラフレシアを見にジャングルに入ったのだが、遠くに何やら赤茶けた塊が見えた。ガイドは突然、顔を引きつらせ「黙って付いてきなさい!」ガイドは小走りになり、更に声を張り上げた。「命が欲しいのなら、急ぎなさい!」
「もうコメも麺も小麦粉もなくなった。弁当が無いので子供たちは昨日今日と幼稚園を休ませたが、私は火曜夜から、子供も今日は何も食べて無い」→翌日帰宅&土下座。たまごがゆを食べた子供たちが「おいしいね…」と力なく言った。
小学生だった頃、母はコロコロと太っていた。兄は参観日などでからかわれるので、母にいつも「痩せろ」と言っていたが、母は「そうねえ、ごめんね」でスルー、しかしある日、父の部下が集まるホームパーティで父に太っていることをギャグにされ、母はキレた。
【TPO】「京都にいる時はこんなこと言われたことなかった!やっぱ東京の人って冷たい!」舞台が終わってすぐ友人は後ろを睨み「最悪…」と言った。公演中何度も後ろの人から椅子を蹴られたらしい。そりゃそうだよ……友人の着物はとにかく視界の邪魔だった。
保存用に干物作ってたらお隣の子供が来て、母親に干物を貰ってくるように言われたらしい。追い返したら……。母親「1人暮らしであの量は不要だから貰ってやる」お隣の父親「1時間以上何をもたついてるんだ、干物ならもう回収したぞ!」
ある日の冬の日、雪が結構降って交通機関が麻痺して帰宅が困難だった為歩いて帰宅。風○街を横切るのが近道なんだけど貧血でいつのまにか倒れてたらしい。ハスキーな声でおーい、おーいと呼ばれて気がついたら真っ白なコートを着た物凄い綺麗なお姉さんがいた。
元彼に三股かけられていた。ある日全部バレて3人とも元彼をフッた。立ち去る私たちにAは「おめーら後悔すんぞ!」だと。私はハハッって笑って、他の1人はゲーとか言ってた。もう1人は振り向いてでかい石投げてた→その後性懲りもなく……。
【戦慄】お母さんと子どもが横断歩道でひき逃げされた。遺体は惨たらしい状態で、白線にべったり血の跡が残ってた。それから数年後……。母「今日事故があったの知ってる!?轢かれたのがね・・・」→なんと!
この間突然電話で、娘と同級生のママのAママが「あなたの家の娘さんのブログを閉鎖させて!」と言ってきた。よく分からなかったから適当に返事してそのままにしておいた。そしたら娘が「変なメッセージがくる」って言って私にメッセージを見せた。
母から聞いた話。買ったばかりの蕎麦殻の枕を使ってみたら、驚くくらい熟睡できた。だけど日に日に眠りが深くなりすぎて、おかしいなと思っていたそうだ。母は強い違和感を覚え、ハサミで枕の中身を開けてみたらしい。
友人「泊めてよ!」私「絶対ダメ(`・ω・´)!」友人「なら押しかけてやる!」→前歯と鼻が折れて体も痣だらけの状態で発見。私が見つけた時は顔が血だらけだった。私「だからダメって何度も説明したのに(´・ω・`)」→ダメな理由は……。
妹が「お姉ちゃん、ドア開けて」と涙声。実家に帰りたくないと泣く妹の横に、遠方にいるはずの母が何とも言えない顔で立っていた。母と妹は泣くばかりで意味が分からず、父から「少し話がある。お前の力がいる。」と言われた。
彼女は凄く性格も良くて誰からも好かれるタイプだったのに、何で振られたのか不思議で友人が彼女に別れた理由を聞いても涙ぐんで一切答えなかった。「そういやお前Aちゃんと別れたけど、何があったの?」と聞いたら、酒に酔った男性は笑いながら……。
騒然となる会場。新婦父はものすごいいびきをかいて寝ている。一転笑いに包まれる会場、新婦も「お父さんったら」とか笑ってた。が、私は以前見たことのある光景がフラッシュバック。幾人かが新婦父を起こそうとし始めるのを見て、「さわるなぁ!!!」と絶叫。
【逆襲】T子、静かに泣き始める。女子グループ微妙な顔。「私もうあんたみたいな人間のクズに関わるのイヤなんだよね。同じ空気吸ってんのもイヤ。こっちはあんたのこと無視してんだから、これ以上余計な真似して関わってくんな。気持ち悪いわ」
義弟「俺と兄貴とで金ぐらいひねり出す!葬式は出す!」義妹「でもお金ないんじゃないの?」義弟が「大丈夫、近くにいられないから俺と兄貴とでずっと親父の保険料払って保険かけてきた」と言い聞かせると、せきをきったように義妹が号泣。
あまりに矢継ぎ早に言うものだから、ポカンとしていると、何?文句あるの?じゃあ離婚だなあ。とニヤニヤ。スーッと冷めて二つ返事で離婚に同意。すると旦那は驚いた顔をして、それまでの態度が一変、土下座せん勢いで謝り倒してきた。
姉に重度のコンプレックスを抱き、荒れてヤンチャしていた。母「失敗作!出来損ない!生まなければよかったのに!!」最後は泣きながら廊下にうずくまってる母をみて、子供心に理解した。条件なしの愛情なんて存在しないと。
【惨劇】「何か過激なことした~い」→と んでもないところをミシン針で刺された。強烈な痛みのあと気付いたときには、「痛いよう…痛いよう…」とボコボコになった彼女たちが目の前で倒れてた。私「今、針ありったけ持ってくるから待っててね」
【真価】凍りつく空気、息子が「親父!」と止めに入るが「昔は花嫁は親戚でつまみ食いしたもんだ!破瓜の血は縁起悪いって言ってなー!ふしだら者だったらまたそれが復活したりしてな、がははは!」ものすごい勢いでダッシュ、親戚を殴りつけたのは……。
A子に「新郎さんがいるね」と言うと「私も気がついてた。気がつかなければ良かった・・・」と青い顔。控え室のある階に行くと、まず聞こえたのは先輩の「嫌あああああ!」という泣き声!先輩は白いウェディングドレス姿で廊下につっぷしていて……。
披露宴開始前に友人が「そういえば結婚式当日に駆け落ちする映画あるじゃない?慰謝料が大変でほとんど数ヶ月で破局するらしいね」等と言い出し、周りは「空気読めよ」と説教。それを後日新郎新婦に話すと、ある事実を知らされ……。
式当日・・・朝からずーーーーっと私の携帯を鳴らしまくりの怒れる新婦。仕度の時間になったら友人達に「(私)につながるまで携帯鳴らし続けて!!」と。事情をしってる友人が説明しようとしても聞き耳を持たずに、とにかく私と連絡をつけろ!と。
姉の旦那が「初孫を抱かせるのは、俺たちの予定だったのに。何でお前が先に子供を作るんだ。非常識だ。おろせ!」そして、披露宴当日。「あいつ、生むの?結婚式でムリしちゃって流れちゃいましたー、とかだったら笑えるのに。」
息子「お母さんなんかいないよ」夫「お母さんはお前の習い事のために働いてるんだぞ」「500万、お前の習い事に毎年かかる値段だ」 息子は「それはママのお金でしょ」「おばさんはママのお金盗んでる」「お父さんも騙されてるなんて馬鹿ばっか」
【悲痛】兄は土下座して「怖くて言えなかった。お前がイタズラされてたの知ってたしあの日も見た」と謝ってきた。それを見て両親も土下座してきたので、三人とも頭を踏み付けて「お前らのせいで娘は、妹は、こんなんなっちゃったよ」と笑ってやった。
【復讐】新郎「お前そんなにも遊んでたの?」私達の仕業と気付いた新婦は「なんでこんな酷いことしたのよ!私が何したって言うの!?」と私達に言った。「あんたが私達を2万で男の子達に売ったからよ。いっぱいやりすぎて忘れたの?」とだけ答えた。
ドラマのような略奪劇を見た。まじでびびった。新郎が出てったから新婦はポツリ…泣いた。俺は新郎の友人。新郎は最後まで結婚悩んでたし、モトカノが気になってたから新郎的には結果オーライ。結局新郎はそのまま結婚した。
兄嫁は涙を流したまま、「お母さんの指示ですか?それとも妹ちゃん?どうして意地悪するの?」と言われた。母も私も意味がわからずに「よくわからないんだけど、サラダ巻きがどうかしたの?」と話すと「私だけ安いサラダ巻きなんてあんまりです!」と叫んだ。
彼「おでがいでず!すごじのあいだぞのぎがいをどべてください、きょうはっ、きょうはっ、かのじょとのきねんびなんですぅーー」工事の人「そんなこと言っても仕事だからさ(´・ω・`)」やだなにこの人怖い。
【(; ・`д・´)】彼女「ちょっといきなり俺君取らないでよ」彼女の兄「うるさいなあ俺は妹も大事だけど弟も欲しかったんだよ。俺君と男同士でいろいろ語りたいんだ♪」結局彼女の部屋に。その際の兄の表情が(´・ω・`)みたいになった。
物心ついた時から“薪”がどうしてもダメだった。あの木を割った棒きれが。何か理由があるのかと家族に聞いても「知らない!」の一点張りだったが、精神科医による逆行催眠ですべてを思い出した。
新郎が突然「この新たな門出に一番祝って欲しい人を呼びました。姉の元へ養子として出していた一番最初の妻との子供たち。この機会に引き取って新たな家庭をつくっていきたいと思います」と言い出してこちら側の親族ポカーン。ついでに花嫁もポカーン。
彼氏「ごめん。ちょっとキレていい?だいぶキツい言葉で怒鳴るけど」→彼氏が元父親に掴みかかって「長州様がクソ会津の娘を貰ってやるっていってんだよ、負け犬の子孫風情がいきがんな。ありがたって差し出せや!」
「もう7年も経っているんだし、いい加減時効にしてやれ」って父が言うから、「下の娘が姉の婚約者を寝取った挙句に、結婚してもらえない腹いせに妊婦の姉の腹を蹴って流産させましたが、もう時効ですよね?ってご近所に大声で言ってみろ」と言ってやった。
【教育】遅刻魔を放置して一人で予定地に向かった。1時間後「着いたよ-!待ち合わせ場所にいるよ~」とメール。「××(予定地)にいるけど?」と返事したらパニック→後日逆ギレ。その件で周囲の人も「そうか、置いていっていいんだ」と目が覚めたらしい。
【不幸】新婦の父が式の一ヶ月前に急逝した。娘の花嫁姿をとても楽しみにしていたとのことで予定通りに式を挙げた。親族席で新婦父の生前写真が飾られたが、新郎の伯父が「辛気くせーことすんじゃねー!」とぶん投げ、カバーのプラスチックが割れた。
離婚届出してきた。そして夜になり、大好物のシーフードグラタン作ってビール飲んでたら「元」旦那がご帰宅。「あ、グラタンだ!俺も貰おうかな~☆…んっだよ!エビ入ってんじゃん!いらねーよ、ったくふざけんな!」
嫁はずっと泣いてた。嫁母は「あんたがいらんことするから!」と嫁をぺしぺし叩いてたが「ごめんねごめんね、本当にやり直すのは無理?私からお願いしても無理?」って言われたけど「すみません、無理です」と答えた。
会場の照明が落とされ、DVDの上映です。そこに映ったのは、厚化粧のオバハンがウェディングドレスのスカートを巻くり上げ、教会の祭壇に両手を付いて尻を後ろに突き出し、フロックコート姿のイケメンにバックから突かれまくりアォンアォン啼く姿!
友よ、あなたはいつも「私の友達」ということでサービス料金免除されてたがこの店は高いです。友人はママにいろいろ叱り飛ばされ、反論を試みたが「やかましいっ!そこまで自信あるなら自分自身の魅力だけで金を稼げ」と怒鳴りつけられ泣きながら帰ったそう。
娘が原因不明の体調不良に襲われた。ベットで弱る娘、そのとき震災は起きた。娘の身体は家具の下敷きだった。「私の重さが私自身を押しつぶして動けない。母さん逃げて」部屋は煙ってきていた。火の手はそこまできていた。




△ページトップへ戻る
[ 2019/02/11 00:00 ] 修羅場 | TB(0) | コメントする(0)
スポンサードリンク
最新記事
毎日更新


a href=/ulspan style=color:#FF0000