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「せーの、誕生日おめでとう!」そう言って渡してくれた。私は嬉しくて泣いた。ありがとうありがとうと繰り返す私に、一人の子が「気にしないで!かわいそうな子に優しくするのは当たり前だよ!」と言った。母が帰ってくるまでに泣きやまなきゃと必タヒだった。

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☆★☆ カレンダーの裏@家庭板 ☆★☆


285: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:21:39 ID:???

コソーっと書き捨てます。
※凄い長文注意

子供の頃、うちは貧乏だと思っていた。
私が小学校にあがる頃まで風呂は薪で沸かしていたし、その後ガスに替えても当然シャワーはない。
体を洗うための石鹸と家族共有のジャンプーはかろうじてあったけれど、リンスや洗顔料などはない。
掃除機もなく、洗濯機はたびたび止まる年代物だった。
靴下は穴が開いたら自分で縫い閉じていた。
服は父方の親戚からもらうお下がりを着ていた。
下着だけは母が新品を買ってくれたが、それもそこらじゅうがほつれるまで使っていた。
中学生になってよりいっそう、うちは貧乏なんだと思うようになった。
ただ、中学校は制服だったから毎日着る服をなんとか工夫しなきゃという気苦労がなくなって安心した。




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286: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:22:10 ID:???

周りと比べて不幸だと感じなかったのは、
せめて不潔にならないようにと母が気遣ってくれたからだと思う。
着古したボロを着ていても臭くなく汚れてもいなかったから、
いじめられることもなかった。
常に一緒にいるような仲の良い友達はいなかったけど、
校外でも遊ぶ仲間は何人かいて楽しく過ごしていた。
でも小学六年生のとき、今でもたまに夢に見るある出来事があった。
近所の子の誕生日会に初お呼ばれしたことがきっかけだった。
プレゼントを用意しなきゃならないのに、
家には人様にあげられるような物はなかった。
そこで私は母に相談して、二人で知恵を絞った。
最終的に用意できたものは、以前頂き物として和菓子が入っていた綺麗な箱。
そこに親戚からもらった大きなリンゴを一つ入れる。
そして、やはりなんらかの頂き物にかかっていたリボンを結んだ。
お誕生日会が開かれる日曜日、私はそれを持って家を出た。
そこで、同じようにお呼ばれした同級生に会う。
彼女は私に「プレゼント何にした?わたしは○○(キャラクター)のレターセットとシャーペン」と言った。
「私はリンゴ」とは言えなかった。
でもそれはリンゴが恥ずかしいという感情からじゃなかった。そこまで追いついてなかった。
他の子が用意した物がなんなのか聞いて、なんとなく「リンゴじゃダメな気がする」と思ったからだった。
咄嗟に箱を後ろ手に隠し「ゴメン、行けなくなっちゃった」と伝え、
走って帰宅した。


287: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:22:43 ID:???

今出かけたばかりの娘がすぐに戻ってきたことに母は驚き「どうしたの?忘れ物?」と訊ねる。
私は正直に「リンゴをプレゼントとしてあげるのはおかしくないの?普通なの?」と聞いた。
すると母はハッとした顔をして「そっか…」と、
招いてくれた子の家に電話して欠席することを伝えた。
「今日は○○子、朝から熱っぽくて…呼んでくれてありがとう。ごめんね」と。
電話を切ると私に向き直って
「今そこで友達と話してたみたいだけど、なにかあった?」と聞く。
声は聞こえないまでも、
茶の間の窓からその様子を見ていたそうだ。
やりとりしたことをそのまま伝えると
「そっか、そうだよね、ごめんね」と謝られた。
母が悪いわけではないので、どう返せばいいのかわからず私も「ごめん」と答えた。
それから二人で少し黙り込んだあと改めて、
このプレゼントは違うんじゃないかと思ったんだけどお母さんはどう思うか聞いてみた。
母は「そうだね、ふさわしいものではないね、ごめんね」と再び謝った。


288: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:23:08 ID:???

そんなことがあった翌月の始め、今度は私の誕生日だった。
あれからも友人達は変わらず付き合ってくれていて、
お誕生会に行けなかったことも「気にしないで!」と許してくれて。
そして私の誕生日当日、
その日は平日だったんだけど放課後になって友人四人がうちを訪ねてきた。
例のお誕生会のメンバーだった。
みんなの手にはきれいに包装されリボンのかかったプレゼントがあった。
「せーの、誕生日おめでとう!」そう言って渡してくれた。
ポカンとする私に彼女達は「これは○○のノートだよ」「こっちは△のシールセットと消しゴム」と説明してくれる。
私は嬉しくて泣いた。
ありがとうありがとうと繰り返す私に、
一人の子が「気にしないで!かわいそうな子に優しくするのは当たり前だよ!」と言った。
そして、じゃあまた明日と手を振り笑顔で帰って行った。
私はやっぱりそれでも嬉しいんだけど、なにかそれとは違う感情も湧いていた。
涙が止まらなくて、でももうすぐ母が帰ってくるからそれまでに泣きやまなきゃと必死だった。
今思えばあの感情は惨めさだったんだと思う。
帰宅した母に事の次第を話しながらもらったプレゼントを見せた。
かわいそうな子のくだりと、泣いたことは言わなかったけど母はなんとなく察したんだと思う。
「良かったね、ごめんね」と涙目で私の頭を撫でた。
その頃には、私は母の背を追い越していて、
よしよしなんてされるのは久しぶりだった。
なんだか切なくなってまた涙が出そうで、犬の散歩を口実に外へ出た。
もさもさ長毛の雑種犬だったけど、
彼は賢くて、普段は猛ダッシュするのに私の様子がおかしいときは隣を歩いてくれるいいヤツだった。


289: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:23:56 ID:???

プレゼントをもらったことは、父にもその日の夜のうちに報告していた。
興味なさげにしていた。
でも翌朝起きるといきなりゲンコツされ叱られた。
何か言っていたけど覚えていない。
父は虫の居所が悪いとしょっちゅう私にゲンコツするので、痛かったけど理由を考えても意味がなかった。
その一部始終を見ていた母が溜め息をついて
「バカだね、余計なことを…早く支度しなさい」と呟く。
母は私に対して言ったのに、その言葉に父が反応して、怒り声で何か言う。
何と言っていたかは覚えていない。
こういう両親のやり取りは日常茶飯事で、
派手な喧嘩にこそならないけれど、
家庭内の雰囲気はいつも悪かった。
今回の件に限らず、家の中にいつも雨雲があるような、
もやがかかったように見通しが悪いというか。
母が前日とは別人にみえるほど私に対する態度が違ったりすることもよくあった。
父は父で気が向くと私と弟を猫っかわいがりした。
気が向くとというより、家族以外の他者の目があると、と言った方が正しいかもしれない。
親類や近所の人たちはうちのことを
『優しい父と、厳しい母。鈍い姉と出来のいい弟』と認識していた。
というか、当時の私はそういうふうに思われているんだろうなという感覚で過ごしていた。
祖父と祖母も同居していて六人家族で、
食事もたいてい皆一緒、傍から見たら一家団欒仲良し家族だったのかもしれない。


290: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:24:17 ID:???

祖父母は農業をしていた。
祖父は若い頃の出稼ぎでそれ以外の仕事もしたことがある。
けれど祖母は、幼い弟妹の面倒をみなければならないこともあり
外で働いて賃金を得るという経験がない。
祖父はやさしかった。無口で無骨なひとだったけれど、一貫してやさしかった。
土曜日半ドンだった小学生の私と弟にお昼ご飯を用意してくれ、一緒にテレビの相撲を見ながら笑い合ったりした。
祖母は弟が生まれるまでは私を連れて出かけてくれたりした。
ただ、長じてから知ったことだけれど、行き先は某宗教の会合だった。
弟が生まれるとそれもなくなり、かといって弟を連れて行くということはなく、
出かけて行ってはお土産を弟だけに買ってきた。
私はそれを特に不思議には思わなかった。
弟が生まれるまでの数年間面倒みてあげたという祖母の言葉に、
幼いながらも「それもそうだ」と納得していた。
ちょうど保育園に入る年だったのもあったかもしれない。
物心ついたころから両親は日中仕事で家にいなかったから、
私たち姉弟はおじいちゃん子おばあちゃん子だったと思う。
でも祖母に食事を作ってもらった記憶がなくて、
大人になってからふとそれを母にこぼすとそれは事実だよと言われた。
母が嫁入りしてから一切の家事は母が一人でやっていたそうだ。
私が子供のお手伝いではなく戦力になるまで、
フルタイムで働きながら全てを。
それに加えて農業も、祖父母の通院の送迎も。
そのころ、母には余裕なんてものはひとかけらもなかった。
労わって言葉をかけてくれたのは祖父だけだったと、
祖父の通夜があった日の深夜、母はひとり遺体の前で呟き泣いていた。
その姿をたまたま見かけた私は当時大学生で、母に対しとても申し訳なく思った記憶がある。


291: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:24:40 ID:???

話が逸れてしまったけれど、高校生になってもうちは貧乏だと思っていた。
だから入学してすぐにバイトを始めた。
学校と親の許可が必要で、
学校には「家が貧しい。弟もいるので働きたい」と伝えた。
公立の私服高だったため、
毎日着る服を買うお金を稼がないといけなかった。
両親は、何かしら運動部にも入りなさいということと、あまり派手な格好をするなよとだけ言い署名してくれた。
部活は5月の連休明けに本決定でよかったので、
それまではバイトに慣れることを優先した。
最初のバイト代が入るまでが大変だった。
なにせ中学時代は外出時制服か体操着しか着てなかったから、小6の頃着ていた服を引っ張り出した。
当然着られるわけもなく。
入学式用に買ってもらったスーツがあったけれど、
それは卒業式にも着るんだから普段着てはいけないと言われた。
困った私は隣の町に住む十歳ほど年上の従姉妹(父の姉の娘さん)に泣きついた。お下がりがほしい、と。
すると複雑そうな、表現しがたい表情で「おじさんおばさん(私の父と母)には内緒ね」といって、
地味目のものを紙袋いっぱいに渡してくれた。
本来なら内緒と言われたからって両親に言うべきなんだろうけれど、
私は黙っていた。
でも当然のことながらすぐに両親は気付くわけで。
「従姉妹にお礼渡したからもういい。でも今後はそんな恥ずかしいことをするな」
と小学校卒業以来ごぶさただったゲンコツをもらった。
着ていく服がなく、何度見てもないものはないのに、
タンスを繰り返し開け閉めするという夢を未だに見る。
夢の中でいいかんじの服を見つけても、
手に取るとそれはただのボロ布だったり、虫の卵のようなものがびっしり付いていたり。
現実ではそこまでではなかったはずだけど、脳みそは不思議な変換をするね。


292: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:24:57 ID:???

従姉妹に助けてもらって、通学の服はなんとかなった。
ただ、体操着もジャージのみ指定で他は自由、
私には体育のときに着る真っ白なTシャツと黒か紺の短パンがなかった。
中学の体操着は元々お古で着古しすぎて黄ばんでおり、
脇の下も何度かほつれを縫ったあとがある代物だった。下はブルマの時代。
これは盲点だった。初めての体育がある日の前日、私はかなり焦っていた。自分で買うお金はない。
もう従姉妹に迷惑はかけられないと思い、
学校の公衆電話から母の職場に電話してTシャツと短パンを買ってきてほしいと頼んだ。
といっても母に直接言えたわけではなく、
電話を受けた事務のお姉さんに言づてをお願いした。
バイトを終え帰宅するとすでに両親は家にいた。
そしてTシャツと紺色の短パンを差し出してきた。
「お父さんのがあるから」と言いながら。
顔の前に突きつけられたそれを手に取ると、Tシャツは確かにTシャツなんだけど、うっすら黄ばんでいて生地もパサパサしていた。
短パンは男性用なので前が開いていた。


293: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:25:17 ID:???

どうしてなのかは未だにわからない。
でもこのとき私は生まれて初めて目が覚めたような感覚を覚えた。
ずっともやがかかって視界不良だった家がよく見えた。
『この家は何かがおかしい』と、はっきり思った。
けれど『何かが』と思っただけで具体的にはわからない、
何をどうすればいいのかまで思い至らない。
フリーズしている私をじっと見つめていた母に、ありがとうと言って自室に戻る。
築百年近い家は無駄に部屋数があり、二階の一番奥が私の部屋だった。
中学にあがるまで、そこは一体何が詰め込まれているのかわからない十畳もある物置だった。
真っ暗で窓もなかったそこを、
父が壁をぶち抜いて窓を作り、合板で二部屋に分け私と弟に与えた。
その夜、私は裁縫セットを引っ張り出して、短パンの前部分を縫い合わせた。
よくわからない涙がでた。
その後、初のバイト代を貰ったその足で私は真っ先にTシャツと短パンを買った。
当時は現金支給だったので嬉しくて嬉しくて、
家族にも喜んでほしくてケーキも買った。
バイト代はかなり減ってしまったけれど、洋服は従姉妹にもらったものがあるし問題ないと思った。


294: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:25:37 ID:???

ゴールデンウィーク明け、ある運動部に入った。
なるべく自前の用具が必要ないところを選んだ。
ところが、学年ごとに部活用のジャージを注文・購入しなければならないと言われる。
価格は残りのバイト代でぎりぎりなんとかなった。
それを母に伝えると「それくらい出してあげるのに」と言われる。
千円しないTシャツを買ってくれないのに、
一万円以上するジャージは買うと言う母の言葉に私は少し戸惑った。
でもこういうこともよくあった。母の中では矛盾じゃない。
素直に受け取ってお礼を言った。なぜかそのジャージは今もとってある。


295: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:25:57 ID:???

母はヒステリックではないけれど、
前述したようにたまに昨日とは別人なんじゃないか?と思うことがよくあった。
大人になって私自身も娘を持った。
進学の為離れて暮らしているけれど、その娘もこの春就職する。
つまり私は現在いい年のおばさんで、
母がする昔話を自分のこととしてというより物語のように聞ける心境になっていた。
母は、自分の情緒がおかしかったことを自覚していた。
言ってることが昨日と今日で違うことも、子供達が戸惑っていることも、
頭ではわかっていたそうだ。
だけどとにかく余裕がなかった、と。そして昔話をするたび私に謝る。
父も健在で、性格はあまり変わらないけれど、
私が二十歳を過ぎて遅い反抗期を迎えたとき一度喧嘩してからキィキィ言うことは少なくなった。
でもそれよりも十年以上前に祖母が他界したことが、
父にとっては転換期になったように思う。
父は子供の頃から母である祖母にほとんど叱られることなく育ったのだという。
祖母は昔から、誰彼かまわず息子の自慢をする人だった。
私にもそう言って聞かせていた。「お父さんは立派な人だ、偉いんだ」って。
そうなのか、と思いながらも父との良い思い出がほぼ無いに等しい私は納得出来ない気持ちもあった。


296: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:26:13 ID:???

そして昨年末に母から衝撃的な昔語りを聞くことになる。
父は普通に真面目に勤めていたので給料もボーナスも人並みにはもらっていたそうだ。
けれどその半分を祖母に渡し、半分はすべて自分の小遣いだった。
母が私の娘の子守をしてくれるようになるまでの二十数年間、
うちの生活費は母の稼ぎから出ていたのだという。
私が学生時代どんなにバイトで稼いでも、
それを寄越せと言ったことはなかった。
母は自分が出すのが当たり前と思っていたそうだ。そういうものなんだ、と。
私に話して聞かせたときも、
本当に何気なくて、ひとつも疑問に思っていなかった。
私は文字通り、開いた口がふさがらずしばし呆然としていた。
まず最初に思ったのは「うちは貧乏なんかじゃなかった」だった。
それから「じゃあなんであんなにお金に困っていたのか」と思った。
結論をいうと、祖母に渡したお金はほぼ宗教団体に貢がれていた。
でも、少ないながらも年金は満額貯金していたので、
家を建て替えるとなったとき祖母が百万円出した。
ばあちゃんに感謝しろよと父に言われ、お父さんに感謝しなさいと祖母に言われ、私は素直に感謝した。
その頃祖父は既に他界していたので、
祖父の財産も祖母は持っていたはずなんだけれど、それもおそらく宗教に消えたのだろう。
祖母が亡くなったとき、通帳には直近の年金分だけ、
他にタンス貯金が数万円見つかったそうだ。
借金がなかったことを幸いだと思うしかなかったと母は言った。


297: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:26:38 ID:???

現在も父は母に対して怒り声で対応する場面が多々ある。
普通の会話で母が聞き返しただけでもそうなる。
そしてたまに思い出したように、自分の母親(祖母)の思い出話をする。
子供時代のことが多いらしい。
「あの頃は大変だったけど、かーちゃん(祖母)はばーちゃん(曾祖母)にいびられながらよくやった」と。
ちなみに祖母は、思ったことを言わずにいられない性格で、
且つ意地悪なところがあった。
だから当然母は嫁いびりに遭っていた。
父には見えていなかったか見て見ぬふりをしたんだろうけれど。
そんなこともあったので、私は祖母が好きではなかった。
私の気持ちはともかく、母は怒っていい。
父はたびたび「おれがきちんと貯金したおかげで今があるんだぞ」と母に言うそうだ。
私もたまに言われていた。
「おれは無駄使いしないから金があるんだ」と。
それに対して私は適当に相槌を打っていたけれど、母は反論していいと思う。
あなたがお金を貯められたのは私が生活費を出していたからだ、と。
あなたは一円たりとも家にお金を入れたことは無い、と言っていい。
父に祖母自慢とお金の話をされると腹が立つと母は言う。
ならそのとき、今度そういう話をされたら言えばいいよと伝えた。
言える日が来るかはわからない。母が言う前に私が言ってしまうかもしれない。


298: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:26:54 ID:???

母から聞いたことをどんなに考えても腑に落ちないし、
惨めだった思い出は消えない。
だけど、当時漠然とおかしいと思っていたことの答えが出た気がして、反面すっきりしていたりもする。
母は本当に本当に余裕がなかった。
父は当然と思ってそうしていた。祖母も。
祖父は、どうだったんだろう。今となってはわからない。
でも、うちにあった目新しいもの(トースターやビデオデッキ等)は、
ある日突然祖父が持ち帰ってきたものだった。
無駄遣いだと言う祖母を無視して私たちに披露してくれた。
だからつまりそういうことだったのだろう。
祖父はわかっていた。でも祖母と父に強く言えない償いだったんだと思う。
そんな私の考えを、少しだけ母に言ったことがある。
すると母は「爺ちゃんはたまに、病院に迎えに行くと帰り道おいしいものを買ってくれたわー」と言った。
ソフトクリームだとか、たい焼きだとか、すぐ食べられるやつ。
食べたことがバレないやつ。


299: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)12:27:10 ID:???

なんかちょっとおセンチな気分になってしまった。
これで私の話は終わりです。散文失礼しました。
読んでくださった方、ありがとう。


300: 名無しさん@おーぷん 2019/02/08(金)13:03:14 ID:???

ひでえおやじだな
目が覚めてないみたいだから「お前のせいでこっちは苦労したんだボケ!!」
ぐらい言ってやりたい
お前のせいでみじめな子供時代だった、お前の婆あが糞カルトなんかに入るからだ
って言ってやりたい
糞カルト信者じゃないの?そのおやじは


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9891 名前: :2019/02/13(水) 10:19:06
この家に限らずだが、本当にシューキョーは糞だわ。
10126 名前: :2019/04/21(日) 11:50:38
長いけど面白かった。すいすい読めた
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999:やすらぎのななしさん:00/00/0 00:0 ID:yasuragon

「あんた、自分の母親の顔も覚えてないのに謝りに来たの?」と上の子に言ったらハッとして私の顔を見て言葉を失ってた。「中学3年生なら言っていい事と悪い事の区別くらい付くでしょう。うちの姉は家政婦じゃないんだよ。あんた達の親だから叱るんだよ?」
やばいと思ったトメ、いきなり我が家に同居要請。呆れて固まる夫の隣で、とっさに私が言ったのが「なんで?」トメ、目を吊り上げながら「なんでって!こんな所で、か弱い私が一人で生活できるわけないんだから!同居してもらわなきゃ困る!」
育児放棄したコトメ「私が本当のママよ!?判る?さ、こんな誘拐犯の所なんていないで行きましょう!」トメ「なんてバカな子なんだ!もういい!警察呼んで!誘拐犯だよ!」私「娘子!」子「ママーっ!」
コトメ「そういうつもりなら、うちの息子を頼れると思わないで」なんかもう、私も夫もすっかり疲れてしまって、夫はついに「そちらがそう言うなら、仕方ない。今後の付き合いもなしで結構」と言い渡した。コトメ、目をまんまるにしてぽかーんとしてた。
母は癌になった女友達を家に入れ、精神的にも肉体的にも女を虐待しながら看病をしている。その友達と母は「姉妹同然の仲」だったのだが……わたしと妹はいつもその友達に嫌味言われたり犬けしかけられたりしてたからそいつが大嫌いだった。
義弟がキレた。「もういい。次からお袋は来なくて良い!ていうかついて来るな!」えっ?、と固まる義母に「毎回の旅行だって、本来はこんなうっとしい姑と同居してくれている長男嫁さんの慰労会だ!駅まで送ってやるし切符も買ってやるから帰れ!!」
旧友「あの子は気付いてないから大丈夫。私が勝手にスカっとしてるだけー」私「気付いてないわけがないでしょう!言っとくけど、自分だけじゃなくて親まで貶められた悔しさは、絶対消えないよ。忘れたとか、悪気はなかったとか、通用しないからね!」
姪17才が土下座!「おじさんおばさん、私を大学に進学させてください。少しでいいので援助してください」夫「実の母親である義姉本人と意見が違っているなら貸せない」→姪「おばさんちの子は何もしてないのに大学まで行けてずるい!!!」
義父「そんな顔腫れるもんなのかーこうしてみると冗談みたいで面白いな!、義母「もう一回抱かせたらもっと赤くなるのかしら?」義父「おお、それ面白そうだ。まぁもう一回くらい触っても大丈夫だろ」その瞬間、嫁が義父の顔を殴った。
義兄嫁「嫁ちゃん、甲殻類アレルギーじゃなかった?」トメ「アレルギーなんて甘えてたら、食べるものなくなるわよ」義兄嫁「もしかして、お母さんアレルギー持って無いんですか?」トメ「当たり前じゃないの」義兄嫁「えぇっ!?ほんとに?」
「発達障害で離婚された私可哀想!だから発達障害の嫁に付き合える旦那をよこせ!」ある時、上の娘の同級生のママと「親が発達障害で子供も発達障害」という共通項で意気投合したものの…このママさんがキチでした。
【因果応報】糞旦那が実家の電話に「長女ちゃんに今までのことを謝りたい」とかかってきた。「貴方はこの先独りぼっちでタヒぬんです」「私達はお葬式に出る気はないです」と大人げなく繰り返してると長女がやってきて電話をとり、一言呟いてガチャ切り。
初めて三人で台所に立った時、姑が「嫁たるもの夫とその両親に心をこめて~」という内容のことを説教しだした。すると義兄嫁さんは間髪いれず「はっはっは、現代っ子には全くもって面白くないジョークですね!トメ子さん世代で流行ってたんですか?」
【原因は……】叔母が結婚する直前に祖父が首を吊った。遺書はありませんでしたが、祖父はなくなる数日前私に「なぁ、お前は親を悲しませちゃいけないぞ」と言って頭を撫でてくれた。母には色々言っていた様で、俺がもし居なくなったら頼むな、とも。
今までに見た尤も不幸な結婚式は、着々と結婚の準備を進めていたのに当日になったら、新郎以外のお客さんが誰も来ない。新婦も来ない。というものだそうです。新婦さんに逃げられたとか、新郎の性格が問題で親戚にボイコットされたとかじゃなくて・・・・・・。
【凶悪】糞伯父「俺の結婚式じゃ!お前らは口を出すな!」→なんとおばあちゃんに飛び蹴り!!新婦、「お父さん、お母さん、これまでありがとう…」と手紙を朗読。なんていうか、もう、ギャグだった。相手の両親は目がタヒんでいた。
新婦の姉(未婚)がすごい美人で、新郎一族が控え室で興奮気味に大騒ぎ。新郎叔父が浮かれて大声で「今から新婦を姉の方に変えてもらえー」と、叫んでた所へ支度の整った新婦とその親族が控え室に入室。新婦側にばっちり聞かれて緊張が走る室内!
【恐怖】Aは「…でも許さないから。永遠に許さない。」結婚して別県に住む姉からそちらの地方新聞が送られてきた。そこにはある事件に関する小さな記事が載っていて、その女の名前はAだった。
「突然の話で申し訳ないんですけど私今日で辞めるんです!」て話を切り出したらおばちゃん達一瞬固まって大混乱で「えーどうして?」「なんで?」「いきなり?」て口々に言い始めて「やっと辞めれるんです!」て言ったら理解した人から目を潤ませ始めて・・・・・・。
【閲覧注意】何組分かの披露宴参加者が集まっている控え室で、新郎友人らしき一団が廊下にまで響く声でしゃべっていた。キショかった。控え室の空気凍ってた。居酒屋で叫んでたって神経疑われるような台詞をよりによって両家親族がいるような場所で叫ぶか。
新婦は同性愛者。好意を持つ同僚Aがいて結婚をするという報告。新婦呆然、何を思ったのか突然見合いをして結婚することに。が、Aの恋人が事故タヒ!!新婦「Aが結婚しないなら私もやめる!」「そもそもAが祝ってくれない結婚式とか意味ないし!」
祖父の葬儀の時、火葬場でお骨を骨壺に納めていたら、灰の中からなにやら小さな粒が出てきた。その後、粒は続々と見つかり その数は40数個にものぼった。→祖父の弟の衝撃的な告白。
【報告者クズ】結婚式の前年、どうしてだか自分と同僚と事務員と3人で3次会まで行ったあと、終電がなくなり3人でとりあえずホテルに行く事になった。事務員はなぜだかテンションが高く、3人でしたことはないけど、興味があると言い出して……。
相手「お前は俺に親でもコロされたの!?」自分「いや、普段から嫌がらせしてくるし、こういう態度とられても当たり前じゃん。自覚なかったの?」相手「いや、だとしても俺に親コロされたの?」自分「いや、別にコロされてはないけど」
新婦父「略奪とはなんだ。新婦が知り合ったとき新郎はもう離婚済みだったじゃないか!」新郎側「とんでもない、離婚の原因は新婦よ!」と一触即発ムードになった。で、新婦兄がまあまあと仲裁に入ったところ、そこで明らかになる真実。
「こんなときに病気になるなんて!」従姉の結婚式で、新婦妹(小学生)が盲腸になり、披露宴中盤で倒れて救急搬送された。新婦両親は姉を溺愛してて、結婚式の準備で大わらわで、ネグレクト気味だったらしい妹は、腹痛のことを10日くらい言えなかったらしい。
「式に出て欲しい。みんなにはまだ内緒ね」式に誘われたのは、Aちゃんと同い年の私、3つ上の社員の男性、あと18~22歳の女の子3人。妙な組み合わせの謎は式の1週間前に解けた。全員がAちゃんに集められ、【恐るべき事実】を聞かされたから……!
トメは娘を抱いて離さない。バスケ部で185cm90kg高校生のコウトが部活から帰ってきた。リビングに顔を出すとトメを見、いきなりトメに抱きつき、「母ちゃ~ん、今日の飯な~にぃ~?」トメも「え!?ちょ、今孫チャンを抱いてるから、は!?」とパニック。
【実は……】新婦がいきなり新婦友人の一人をひっぱたいた!「あんたのせいで雨降った!」「せっかく呼んでやったのに雨降らすな!私の幸せな姿を羨ましく思うのは分かるけど、雨降らす神経が分からない」とぎゃんぎゃん騒ぎきー!と殴る蹴る。
ウト「今日はここにあみだくじを作ってまいりました。では最初に、夫さん引いてください」夫はいなかった。ウト「…では、長男くんがかわりに」長男「…嫌」ウト「(∩゜д゜) アーアー 聞こえない 長男くん引いてください」長男「欲しくないんだけど」
新婦は見た目は割と清純派だが、中身がとんでもなかった!!式の2時間前になっても姿を現さず。マンションへ新婦兄と父が押しかけると、そこには床に敷いた布団とマットレスにあられもないで転がる男女が!結婚式の前日になにやってんだよ!!!
「あんたの娘、躾なってないんじゃないの!?」娘が私の顔を見るなり泣き出した。問題の人物達の余興が始まってマイクに向かって挨拶するときに「お祝いの言葉をある子にスモックを着て読んで欲しいと頼んだのに断られました」と娘の方を睨みながら言い放った。
兄嫁が「あんたが余計なことを言うから!」と新婦に掴みかかるのを新郎兄が「お前だって喜んでいただろ!」と怒鳴りながら止め、 新郎は新婦を抱きしめながら庇っていた。すでに盛り上がっていたムードは白けたものとなり、兄嫁は終始新婦を睨み付けていた。
彼氏と付き合ってからは親友Aよりなるべく彼氏優先にできるようにしてた。Aは「私なんて暇人なんだから彼氏との予定の隙間に入れればいいんだよ」って言ってくれてた。でも彼氏は不満みたいでAと遊ぶなって言われた。
トメ「この子はお礼も録に言えないの?!」「お礼っていうのは人として最も大切なことなのよ!」「こんなんじゃ先が思いやられるわね。はあぁ~あ!(ため息)」私「すみません…」義弟嫁「これ、頼まれてた○○の大福です」トメ「あらそう。冷蔵庫に入れといて」
電話をとった義母が困惑したような声で「えっ?」「そんなこと…」「でも…」「言えないわ」時々、ちらっと私を見てまた困ったように「無理だと思うわ」いつもはきはきしてあっさりものをいう義母には珍しいな、と思いながら夕食の用意をしていると……。
女性は、ハーーーッと息を吐き、「気持ち悪!」と。旦那「なっ、マナー違反しといて、何だその態度、あんたみたいな…」女性「あれだけのことで、ここまで人格全否定できるってすごいわほんっと気持ち悪い。あんたみたいのがモラルハラスメントって言うんだよ!」
私の話を聞いた途端、新婦母絶句!そして大魔神になった。新婦父にも何か言うよう促していたが、新婦は一人娘で可愛がっていたので新婦父はその恨み言しか言えず新婦母に足を蹴飛ばされていた。それを前にうなだれる新郎新婦。
義妹「私子ちゃんとこの子は将来中卒なんだよ~。勉強しなくていいから羨ましいよね~」義姉の長男「でも、オバサンみたいに36歳にもなって一度も結婚も就職もできてないより、真面目に働く職人さんってエライと思うよ」と言った。
広汎性発達障害と診断された娘への当てつけを口にするコトメ。そんなコトメを唖然とした表情で見つめるコトメ子。母親がこんな事言ってたらショックだろうなと思ったら少し違った。「どういうつもりでそんな事言ってるの。私と○ちゃん、同じだよ?」
義実家で独身スイーツ生活満喫中の義妹。本当に驚くほど家のことをなんにもしない。かと言って親に感謝もしない、年中反抗期&根は甘ったれ。マジで「ママのアイロン超ヘタ!何回言えば分かるのよ!」とか言っちゃう子。そして自分でやれとか言われると泣く。
上司が「平家の末裔である新婦と、源氏の末裔である新郎が、この日めでたく結婚し…」なんて冗談交じりにスピーチをした途端、新郎側の親族席がザワついた。「平家だって?」「そんな話聞いてないぞ…」
少し前に息子が離婚した。嫁の方から言い出したらしくて、離婚したいと思った理由は色々あったようだけどその中のひとつに「お義母さんとは合わない」って言われたらしいの。「お義母さんと私は考え方や感じ方が違い過ぎる。好きになれない」んだって。
姉の旦那が「初孫を抱かせるのは、俺たちの予定だったのに。何でお前が先に子供を作るんだ。非常識だ。おろせ!」そして、披露宴当日。「あいつ、生むの?結婚式でムリしちゃって流れちゃいましたー、とかだったら笑えるのに。」
【報告者が…】友達「帰ったらお兄ちゃんかお父さんと○ッチするの?」A子「え?」真顔。その場にいた子達は「え?本当にしてるの?」と引きモード。おまけにA子は「気持ち悪いこと言わないでよ!」とマジギレしたから確信した。
コトメ「暮れの掃除とお節を教えてやるからクリスマスが終わったらこっち(義実家)に来い」次兄嫁「はぁぁぁぁ!?31日まで仕事で自宅の掃除もできない状況なのに何言ってるんですか。あはははは」「自宅?ああ、プロに大掃除を頼んであるので大丈夫です」
義弟「俺と兄貴とで金ぐらいひねり出す!葬式は出す!」義妹「でもお金ないんじゃないの?」義弟が「大丈夫、近くにいられないから俺と兄貴とでずっと親父の保険料払って保険かけてきた」と言い聞かせると、せきをきったように義妹が号泣。
初めて見た義母の涙に動揺し過ぎて思い出せない。「ごめんね、嫁子ちゃん。こんな馬鹿共生んだ私が悪いんだね。ごめんね……」と号泣。呆然とするその他全員。「あんた達なんて生むんじゃなかったよ!この馬鹿ども!!」と義母絶叫。
義妹「○(義妹)これ嫌い!おねえちゃん食べてー」姪「○ちゃん、せめてこういうお店ではやめなよ!」と一喝。義妹涙目「姉は姉だし…お兄ちゃんのお嫁さんなんだから」姪「私には『叔母さんって呼んだら縁切る』っていつも言ってるのに?」の一言で場は沈黙。
兄嫁「今日休日なのに何で家事しなきゃならないんですか!」私「あんた休日を何だと思ってるの?」兄嫁「何もらやなくていい日」私「じゃあ平日なら家事をやるのか」兄嫁「それは専業主婦の役目でしょ!」「この家の娘なんだから当然」
「僕は騙されたんだ!真実の愛を貫ける相手は君しかいなかったんだよ!」離婚した際「接見禁止」したの忘れたのか?警察呼ぼうか?と返したら、元旦那「呼ぶなら呼ぶがいい!真実の愛を貫ける相手である僕たちを別れさせられないよ!」…目玉ドコー?(Д)
学校でできた知り合いが、熱狂的な韓流アイドルのファンだった。私は興味が無いので避けてたんだけど、先日男子がその五人に「君らの好きな防弾チョッキみたいな名前のアイドルって世界で叩かれてなかった?」と爆弾をおとした。5人は怒り出し、防弾を擁護。
長男嫁さんは最強。うちの糞トメ、コトメの話をずっぱずっぱと切る勇者。コトメが二男嫁に「母乳が出ないのは愛情がない証拠なんでしょ?」と暴言を吐けば…「結婚も出来ない、子供も産んでない人が迷信に振り回されるのは本当の話なのね」とザク!
「いじめられっ子だったくせに」私はSF小説が好きで休み時間は殆ど本を読んでいた。SF同好会に入ってて、同じクラスにもいたから貸し借りをしたり感想を言い合ったりもしてた。「みんなにハブられていつもひとりだったくせに」って、いやいや。
郵便受けに謎の封筒が届いた。怖かったので、トメと一緒に封筒を開封。中にはDVDとパソコン打ちの手紙が入ってた。手紙の内容には「お宅のコトメちゃんw」と書かれてた。DVDで見たらコトメちゃん本人です。本当にありがとうございました。
父親が青ざめたとこで、その子の祖母が耐えかねて「あんたさん、うちの嫁子がまた産めばええちゅうんですか?!あの子はああの子で、代わりなんかおりません。代わりなんか欲しくもありません。もういい」今年春、従兄の子が亡くなった。5歳。
職場の後輩Aさんのお母さんが亡くなった。見てられないぐらい憔悴して本当にお気の毒だった。Aさんの慶弔休暇中、同期のBさんという女性が、更衣室でニヤニヤしながら「すごい写真があるんだけど見ますか?」って言ってきた。 span>
俺が海外出張中に親父が再婚、2年後に事故タヒ。帰国後、義母「1週間以内に出て行け。私はお父さんみたいにあんたを甘やかさないから(キリッ」←家土地一切俺名義なんだがww
「せーの、誕生日おめでとう!」そう言って渡してくれた。私は嬉しくて泣いた。ありがとうありがとうと繰り返す私に、一人の子が「気にしないで!かわいそうな子に優しくするのは当たり前だよ!」と言った。母が帰ってくるまでに泣きやまなきゃと必タヒだった。
嫁親「ウワキしただろ!離婚だ!」俺「!?」 → 離婚裁判にて俺大号泣。「ウワキなんてしていない!」そしてなんとか嫁たちに誠意が通じて訴訟を取り下げてもらった → しかし驚愕の真実は、なんと…
【大暴走】友人代表スピーチをしたA子「不妊治療は最大限の子作りの努力をしてからやるもの。なんで体外受精を最初からやろうとするのか意味がわからない。私が医者だったら、二人みたいな人が来たら切れて追い返す。」出席者一同、ドン引きなうえに( ゚д゚)ポカーン。
妻が浮気し離婚を切り出すと、妻はベランダから飛び降りると脅す。私は「飛び降りるならどうぞご自由に」と笑顔で言った。妻も子も驚き「人でなし! 薄情者!」と罵倒されたが
同居中のウト妹に両腕がっちり掴まれて延々と説教を聞かされ、泣き出してもやめてくれなかった。その時台所の扉がパーン!!!と開いて、部活帰りの三つ子登場!「オバハン!イジメ!カッコ悪い!!!」×3
母からの急報!!「お前の友達三人がダンプに轢かれて重体だ」実はその直前に俺は自転車を失くし友人たちに同行していなかった!ご先祖様が守ってくれた、と母は言ったが……同年の冬、俺に遅れてきた悲劇が降りかかることに!
【※田舎の闇】集落さん、女子小学生(10歳)に “アレ” を施す。これマジかよ・・・
トメ「こんなお嫁さんだったら怖いわぁ~」ウト「そうだなあ、俺だったら子供が出来なくてもいいって言うけどなあ」嫁(私)「いやだ二人とも、子供が出来なきゃ離婚だって私に言ったじゃないですか~」旦那「なにそれ初めて聞いた」コトメ「私も」
夫が私に土下座!「頼むから別れてくれ、あいつの心が壊れていってる。ちゃんと籍をしてやらないと本当に気が狂う。」私「その話は弁護士通してね。勝手に認知するのもいいけど、相手の慰謝料もあなたの慰謝料も跳ね上がるからね。」そういったら泣いてた。
【修羅場】DVの父親の元で育てられ、中3の時に家出を決意。知り合った男性は逮捕歴のある人だったけど限界を向かえた私はその人の家へ向かった→その結果
義母「離婚する覚悟があるなら、旦那引っ張ってどっかに逃げちゃいなさい?ね?」クソババ「義、義母ちゃん!何言ってるの!!」 義母「だって~…ねえ嫁子ちゃん?無理よねぇ~?」私「うん、そう思いますねぇ…」子供たち「お父さん…おっ、おかあ…さん…」
友人が変タヒした。外傷は一切無く脳に障害も無くタヒに至るような薬物等も検出されなかった。過労や急激な温度変化も疑われたがそういう状況でもなかった、またジ殺する理由も無い。だけど俺は、俺だけはAがタヒ亡した原因を知っている。
義父「ランドセルは赤にしろ!」息子「やだ!黒がいい」→黒を買ったら、入学式直前に義父がゴミに出した
兄嫁は涙を流したまま、「お母さんの指示ですか?それとも妹ちゃん?どうして意地悪するの?」と言われた。母も私も意味がわからずに「よくわからないんだけど、サラダ巻きがどうかしたの?」と話すと「私だけ安いサラダ巻きなんてあんまりです!」と叫んだ。
朝からカレーを煮込んでいたら、やってきた近所の奥さん「授乳中だけどカレー食べてあげるから、母乳飲ませられない間赤ちゃんのお世話させてあげるね!」私(ヒィイ…!)→その結末は
「もう7年も経っているんだし、いい加減時効にしてやれ」って父が言うから、「下の娘が姉の婚約者を寝取った挙句に、結婚してもらえない腹いせに妊婦の姉の腹を蹴って流産させましたが、もう時効ですよね?ってご近所に大声で言ってみろ」と言ってやった。
兄嫁「私のときにあれだけ揉めたのにあんたらはまだ懲りてないのかっ!義妹ちゃんも来るなって言ってるんじゃない!落ち着いてからにして欲しいって言ってるだけなんだから大人なら一番優先しなきゃいけない人の気持ちを優先しろ!」
コトメの嫌み攻撃が始まり、スルーしていたら、突然「うっせぇんだよてめぇ。ネチネチネチネチと鬱陶しいんだよ」と凄みのある静かな声が聞こえた。コトメも私も固まった。「おめぇだよ。この糞小姑。」とても澄み切った表情で発言なさった。怖かった。
A「どこにやった!」彼が遊びに来て家でのんびりしていたらAが「前に来た時に忘れ物をしたから探させてほしい」と来た。夜、私がお風呂から出ると彼が真剣な顔で「これ見つけたんだけど」とビデオカメラとボイスレコーダーを出してきた。
姪「お父さんさー!なんでお母さんがばあちゃんに虐められまくってんのに何も言わないの!自分のお母さんでしょ!お母さんも何で黙ってんの!?言い返しなよ!何もこんな婆さん怖がる事ないじゃん!!」兄嫁「こんな年寄りの戯言なんてほっときゃいいのよ」
コトメは子供が生後三か月で失踪した。哺乳瓶の乳首嫌がって泣くコトメ子がむごくて、つい私が見ると言ってしまった。数年後、コトメが来襲!「娘連れて行くから。もう働けるでしょ?これからそいつに働いてもらって楽したいわ~」
ウト「じゃあ自分でやるからいい!」コトメ「あっそ!じゃあ自分でうどん茹でて!汚れもん全部洗って!拭いて!しまって!台所綺麗にして!テーブル拭いて!残ったおせちは蓋してベランダに出しておいてね!!!」ウトきょとんとした後、「す、すいません…」
中学2年の時、クラスでいじめられてる子がいた。10年後、結婚して妊娠した私は、総合病院の産婦人科を受診した。医師の診察前に体重や血圧、腹囲を測定するのだが、その部屋に入った時、白衣の人を見て・・・「・・A子・・・」A子は助産婦になっていた。
【唖然】離婚危機だと言う友人に頼まれてそれぞれ知り合いを1人立ち会わせての話し合いに同席することになったんだが…気がつけば3vs1で友人夫を詰問しててワロタw
私一家に悲劇の急報!なんと産院による取り違えで姉は家族と血のつながりが一切ないことが判明!!しかももう一人の「姉」はすでに他界!姉の実両親は「言ってはいけない一言」によって私一家の逆鱗に触れた……!
コトメ「もう顔も見たくない!もう私に関わらないで!二度と来ない!」→数ヶ月後の今、半狂乱になって電凸、「督促状ってどういう事!?」私「どういうもこういうも、お前のアパートの家賃払ってやってるの私だよ、馬鹿」コトメ号泣、謝ってきたけどゆるさんよ。
【因果応報】突然兄の彼女の自宅に呼び出された。なんで私?と思ったらとんでもない因縁の相手が彼女だった。兄や彼女一家に囲まれ号泣する彼女「いやあああああ!!いやああああ!!」彼女父「黙れ!」
鬱の友人「私もここの家族にしてください(´;ω;`)!」私「いやいやいや」友「1部屋空いてるじゃん(`・ω・´)!」私「ビジホを予約したよ、これで勘弁して(´・ω・`)」友「車で生活するから激安の軽自動車を買ってほしい」私「」
【卑怯者の極み】「私にタヒねって言うの!?」A子の旦那さん、真っ青になって家に来て行先知らないかって聞かれて私も真っ青。それから5年後、今頃になってそのA子が訪ねてきた。ずっと漫喫暮らしで辛いとか言われましても自業自得としか思わない。
セコ「私さんは奢ってもらうんでしょ?あたしも財布持ってこなかった☆あ、あたしこの煮込みうどん定食ね☆ミャハ」嬉しそうに唐揚げの大皿を引き寄せて抱え込む子供。上司が何処かに電話。通話が終わるとセコに向けて一言。「お前、来月で契約終了な」
私一家に悲劇の急報!なんと産院による取り違えで姉は家族と血のつながりが一切ないことが判明!!しかももう一人の「姉」はすでに他界!姉の実両親は「言ってはいけない一言」によって私一家の逆鱗に触れた……!
育児放棄されたコトメ子を引き取って育てた。その後が夫が不倫&交通事故で死亡、慰謝料の支払いで貯金がほぼなくなり、呆然自失になった時、コトメ子が「叔父さんの遺産、どれぐらいあるの?」 と尋ねてきた。
新郎が突如暴走!「結婚するなら姉ちゃんのほうにしときゃよかった(笑)」一瞬テーブルの周囲が凍り付いて、同時にAちゃんの顔も凍りついた。ヤバイと思い周りがフォロー。ところがKY新郎がさらに暴走!!新婦はぼろぼろと泣き出し宴会場は修羅場となった。
【天の采配】妹は13の時に妊娠した。内々で処理しようと学校でカンパを募ろうと画策。なぜか一人一万。

旅行中に現地の女の子に懐かれた。一緒に居るうちに情も湧いてきてそれなりに楽しい時間を過ごした。チェックアウトの日、女の子が手紙をくれた。その国の言葉で読めなかったので翻訳を頼んだところ、その内容に絶句……!
設営を終えたツイートをしたら友達は「え???」「今日イベント…アレ?え?」「新刊…」とか書いてたけどスルー。午後になってバスで来たのであろう友達がスペースの前を何度も横切ったり一分くらい机の前に立ってこっちをガン見してきたけど無視した。
会場から少し離れた信号の前で新郎と招待客の女を発見。泣きながら抱き合ってるんですけど。泣きながらキスとかしちゃったりしてるんですけど。これが冬じゃなきゃ向こうも「あ、二次会帰りの客。ヤバい」と思い、キスも終了したのでしょうが時は真冬。
新婦父「お前いい加減にしろ!台風の中わざわざ来てくださった方々に何て態度だ!」新婦「しょうがないでしょ、こんなの私がしたかった事じゃないんだから!もうヤダ!ムカつく!」金切り声でさけび、新婦父、新婦を殴り、とうとう新婦母も泣きだした。
ケーキを食べた友人の一人が悲鳴をあげて痛そうに口を押さえ、何か吐き出した。他の何人かも「私のにも入ってる!」と言い出し、皆ケーキをグチャグチャにして探りはじめた。ケーキ作りを手伝っていた新郎の妹が勝手に入れたものらしく新婦が激怒……。
弟がまだ正常だったころ、ふいに自分が通行人から奇異な目で見られていることに気づいた。弟「ある日突然、何の兆候もなく世界がおかしくなった。何を信じればいいのか、もうわからない」
コトメの娘が風呂場でタヒんでいた。警察「事故として処理します」私『(事故?そんなはずない。何かおかしい……)』 → ある日、泥酔したトメが衝撃の真実を……。
【因果応報】戦災孤児をいじめてた子の家が翌年火事になって両親が焼タヒした。いじめられっ子が放火容疑で警察に取調を受けたりしたが火事の原因は……。その後更に凄いことが起こった。町内に住んでいたいじめっ子の祖父母は孫の引き取りを拒否!実は!!
ラフレシアを見にジャングルに入ったのだが、遠くに何やら赤茶けた塊が見えた。ガイドは突然、顔を引きつらせ「黙って付いてきなさい!」ガイドは小走りになり、更に声を張り上げた。「命が欲しいのなら、急ぎなさい!」
「もうコメも麺も小麦粉もなくなった。弁当が無いので子供たちは昨日今日と幼稚園を休ませたが、私は火曜夜から、子供も今日は何も食べて無い」→翌日帰宅&土下座。たまごがゆを食べた子供たちが「おいしいね…」と力なく言った。
小学生だった頃、母はコロコロと太っていた。兄は参観日などでからかわれるので、母にいつも「痩せろ」と言っていたが、母は「そうねえ、ごめんね」でスルー、しかしある日、父の部下が集まるホームパーティで父に太っていることをギャグにされ、母はキレた。
【TPO】「京都にいる時はこんなこと言われたことなかった!やっぱ東京の人って冷たい!」舞台が終わってすぐ友人は後ろを睨み「最悪…」と言った。公演中何度も後ろの人から椅子を蹴られたらしい。そりゃそうだよ……友人の着物はとにかく視界の邪魔だった。
保存用に干物作ってたらお隣の子供が来て、母親に干物を貰ってくるように言われたらしい。追い返したら……。母親「1人暮らしであの量は不要だから貰ってやる」お隣の父親「1時間以上何をもたついてるんだ、干物ならもう回収したぞ!」
ある日の冬の日、雪が結構降って交通機関が麻痺して帰宅が困難だった為歩いて帰宅。風○街を横切るのが近道なんだけど貧血でいつのまにか倒れてたらしい。ハスキーな声でおーい、おーいと呼ばれて気がついたら真っ白なコートを着た物凄い綺麗なお姉さんがいた。
元彼に三股かけられていた。ある日全部バレて3人とも元彼をフッた。立ち去る私たちにAは「おめーら後悔すんぞ!」だと。私はハハッって笑って、他の1人はゲーとか言ってた。もう1人は振り向いてでかい石投げてた→その後性懲りもなく……。
【戦慄】お母さんと子どもが横断歩道でひき逃げされた。遺体は惨たらしい状態で、白線にべったり血の跡が残ってた。それから数年後……。母「今日事故があったの知ってる!?轢かれたのがね・・・」→なんと!
この間突然電話で、娘と同級生のママのAママが「あなたの家の娘さんのブログを閉鎖させて!」と言ってきた。よく分からなかったから適当に返事してそのままにしておいた。そしたら娘が「変なメッセージがくる」って言って私にメッセージを見せた。
母から聞いた話。買ったばかりの蕎麦殻の枕を使ってみたら、驚くくらい熟睡できた。だけど日に日に眠りが深くなりすぎて、おかしいなと思っていたそうだ。母は強い違和感を覚え、ハサミで枕の中身を開けてみたらしい。
友人「泊めてよ!」私「絶対ダメ(`・ω・´)!」友人「なら押しかけてやる!」→前歯と鼻が折れて体も痣だらけの状態で発見。私が見つけた時は顔が血だらけだった。私「だからダメって何度も説明したのに(´・ω・`)」→ダメな理由は……。
妹が「お姉ちゃん、ドア開けて」と涙声。実家に帰りたくないと泣く妹の横に、遠方にいるはずの母が何とも言えない顔で立っていた。母と妹は泣くばかりで意味が分からず、父から「少し話がある。お前の力がいる。」と言われた。
彼女は凄く性格も良くて誰からも好かれるタイプだったのに、何で振られたのか不思議で友人が彼女に別れた理由を聞いても涙ぐんで一切答えなかった。「そういやお前Aちゃんと別れたけど、何があったの?」と聞いたら、酒に酔った男性は笑いながら……。
騒然となる会場。新婦父はものすごいいびきをかいて寝ている。一転笑いに包まれる会場、新婦も「お父さんったら」とか笑ってた。が、私は以前見たことのある光景がフラッシュバック。幾人かが新婦父を起こそうとし始めるのを見て、「さわるなぁ!!!」と絶叫。
【逆襲】T子、静かに泣き始める。女子グループ微妙な顔。「私もうあんたみたいな人間のクズに関わるのイヤなんだよね。同じ空気吸ってんのもイヤ。こっちはあんたのこと無視してんだから、これ以上余計な真似して関わってくんな。気持ち悪いわ」
義弟「俺と兄貴とで金ぐらいひねり出す!葬式は出す!」義妹「でもお金ないんじゃないの?」義弟が「大丈夫、近くにいられないから俺と兄貴とでずっと親父の保険料払って保険かけてきた」と言い聞かせると、せきをきったように義妹が号泣。
あまりに矢継ぎ早に言うものだから、ポカンとしていると、何?文句あるの?じゃあ離婚だなあ。とニヤニヤ。スーッと冷めて二つ返事で離婚に同意。すると旦那は驚いた顔をして、それまでの態度が一変、土下座せん勢いで謝り倒してきた。
姉に重度のコンプレックスを抱き、荒れてヤンチャしていた。母「失敗作!出来損ない!生まなければよかったのに!!」最後は泣きながら廊下にうずくまってる母をみて、子供心に理解した。条件なしの愛情なんて存在しないと。
【惨劇】「何か過激なことした~い」→と んでもないところをミシン針で刺された。強烈な痛みのあと気付いたときには、「痛いよう…痛いよう…」とボコボコになった彼女たちが目の前で倒れてた。私「今、針ありったけ持ってくるから待っててね」
【真価】凍りつく空気、息子が「親父!」と止めに入るが「昔は花嫁は親戚でつまみ食いしたもんだ!破瓜の血は縁起悪いって言ってなー!ふしだら者だったらまたそれが復活したりしてな、がははは!」ものすごい勢いでダッシュ、親戚を殴りつけたのは……。
A子に「新郎さんがいるね」と言うと「私も気がついてた。気がつかなければ良かった・・・」と青い顔。控え室のある階に行くと、まず聞こえたのは先輩の「嫌あああああ!」という泣き声!先輩は白いウェディングドレス姿で廊下につっぷしていて……。
披露宴開始前に友人が「そういえば結婚式当日に駆け落ちする映画あるじゃない?慰謝料が大変でほとんど数ヶ月で破局するらしいね」等と言い出し、周りは「空気読めよ」と説教。それを後日新郎新婦に話すと、ある事実を知らされ……。
式当日・・・朝からずーーーーっと私の携帯を鳴らしまくりの怒れる新婦。仕度の時間になったら友人達に「(私)につながるまで携帯鳴らし続けて!!」と。事情をしってる友人が説明しようとしても聞き耳を持たずに、とにかく私と連絡をつけろ!と。
姉の旦那が「初孫を抱かせるのは、俺たちの予定だったのに。何でお前が先に子供を作るんだ。非常識だ。おろせ!」そして、披露宴当日。「あいつ、生むの?結婚式でムリしちゃって流れちゃいましたー、とかだったら笑えるのに。」
息子「お母さんなんかいないよ」夫「お母さんはお前の習い事のために働いてるんだぞ」「500万、お前の習い事に毎年かかる値段だ」 息子は「それはママのお金でしょ」「おばさんはママのお金盗んでる」「お父さんも騙されてるなんて馬鹿ばっか」
【悲痛】兄は土下座して「怖くて言えなかった。お前がイタズラされてたの知ってたしあの日も見た」と謝ってきた。それを見て両親も土下座してきたので、三人とも頭を踏み付けて「お前らのせいで娘は、妹は、こんなんなっちゃったよ」と笑ってやった。
【復讐】新郎「お前そんなにも遊んでたの?」私達の仕業と気付いた新婦は「なんでこんな酷いことしたのよ!私が何したって言うの!?」と私達に言った。「あんたが私達を2万で男の子達に売ったからよ。いっぱいやりすぎて忘れたの?」とだけ答えた。
ドラマのような略奪劇を見た。まじでびびった。新郎が出てったから新婦はポツリ…泣いた。俺は新郎の友人。新郎は最後まで結婚悩んでたし、モトカノが気になってたから新郎的には結果オーライ。結局新郎はそのまま結婚した。
兄嫁は涙を流したまま、「お母さんの指示ですか?それとも妹ちゃん?どうして意地悪するの?」と言われた。母も私も意味がわからずに「よくわからないんだけど、サラダ巻きがどうかしたの?」と話すと「私だけ安いサラダ巻きなんてあんまりです!」と叫んだ。
彼「おでがいでず!すごじのあいだぞのぎがいをどべてください、きょうはっ、きょうはっ、かのじょとのきねんびなんですぅーー」工事の人「そんなこと言っても仕事だからさ(´・ω・`)」やだなにこの人怖い。
【(; ・`д・´)】彼女「ちょっといきなり俺君取らないでよ」彼女の兄「うるさいなあ俺は妹も大事だけど弟も欲しかったんだよ。俺君と男同士でいろいろ語りたいんだ♪」結局彼女の部屋に。その際の兄の表情が(´・ω・`)みたいになった。
物心ついた時から“薪”がどうしてもダメだった。あの木を割った棒きれが。何か理由があるのかと家族に聞いても「知らない!」の一点張りだったが、精神科医による逆行催眠ですべてを思い出した。
新郎が突然「この新たな門出に一番祝って欲しい人を呼びました。姉の元へ養子として出していた一番最初の妻との子供たち。この機会に引き取って新たな家庭をつくっていきたいと思います」と言い出してこちら側の親族ポカーン。ついでに花嫁もポカーン。
彼氏「ごめん。ちょっとキレていい?だいぶキツい言葉で怒鳴るけど」→彼氏が元父親に掴みかかって「長州様がクソ会津の娘を貰ってやるっていってんだよ、負け犬の子孫風情がいきがんな。ありがたって差し出せや!」
「もう7年も経っているんだし、いい加減時効にしてやれ」って父が言うから、「下の娘が姉の婚約者を寝取った挙句に、結婚してもらえない腹いせに妊婦の姉の腹を蹴って流産させましたが、もう時効ですよね?ってご近所に大声で言ってみろ」と言ってやった。
【教育】遅刻魔を放置して一人で予定地に向かった。1時間後「着いたよ-!待ち合わせ場所にいるよ~」とメール。「××(予定地)にいるけど?」と返事したらパニック→後日逆ギレ。その件で周囲の人も「そうか、置いていっていいんだ」と目が覚めたらしい。
【不幸】新婦の父が式の一ヶ月前に急逝した。娘の花嫁姿をとても楽しみにしていたとのことで予定通りに式を挙げた。親族席で新婦父の生前写真が飾られたが、新郎の伯父が「辛気くせーことすんじゃねー!」とぶん投げ、カバーのプラスチックが割れた。
離婚届出してきた。そして夜になり、大好物のシーフードグラタン作ってビール飲んでたら「元」旦那がご帰宅。「あ、グラタンだ!俺も貰おうかな~☆…んっだよ!エビ入ってんじゃん!いらねーよ、ったくふざけんな!」
嫁はずっと泣いてた。嫁母は「あんたがいらんことするから!」と嫁をぺしぺし叩いてたが「ごめんねごめんね、本当にやり直すのは無理?私からお願いしても無理?」って言われたけど「すみません、無理です」と答えた。
会場の照明が落とされ、DVDの上映です。そこに映ったのは、厚化粧のオバハンがウェディングドレスのスカートを巻くり上げ、教会の祭壇に両手を付いて尻を後ろに突き出し、フロックコート姿のイケメンにバックから突かれまくりアォンアォン啼く姿!
友よ、あなたはいつも「私の友達」ということでサービス料金免除されてたがこの店は高いです。友人はママにいろいろ叱り飛ばされ、反論を試みたが「やかましいっ!そこまで自信あるなら自分自身の魅力だけで金を稼げ」と怒鳴りつけられ泣きながら帰ったそう。
娘が原因不明の体調不良に襲われた。ベットで弱る娘、そのとき震災は起きた。娘の身体は家具の下敷きだった。「私の重さが私自身を押しつぶして動けない。母さん逃げて」部屋は煙ってきていた。火の手はそこまできていた。




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